2018年04月06日

言葉の操作という危険

    議会が閉会してあっという間に2週間。
  その間にものすごい勢いで桜は咲いて散り、
   市役所でも送る人あり、迎える人あり
      春らしい景色の中で
  私は同僚議員とともに駅頭報告やら
  政務活動費の収支報告書のまとめやら
   議会基本条例改正案の会議やら
     相変わらずの毎日です。

     ということで新聞にも
 ゆっくり目を通すこともできないでいますが
  3月29日の中日新聞「論壇時評」は
     「我が意を得たり」

「思考を奪う言葉の操作」というタイトルで
  
     人間は言葉の動物だ
 言葉によって存在や認識が規定されている。
   言葉が世界を作り構成する。
その言葉を権力者が恣意的にコントロールすると
   私たちは世界を奪われる。
  
 そして作家の星野智幸の言葉を引用
  
   国家が言葉を独占したら
   法律は骨抜きになり
  機能しなくなる恐れがある。
なぜなら法律は言葉で書かれているから。
  そして最も厳密な意味の
  運用を求めているから。
つまり意味の運用の範囲を決める司法も
  機能しなくなるということ

 公文書改ざん問題をめぐる主張ですが
 多くの問題を示唆していると思います。

 例えばあいまいな条例規定によって
 市民の行動を規制する恐れがあることも
  権力側の「言葉の操作」であり
  地方自治体でも起こりうること。
 「東京都迷惑防止条例」の改正で
「うろつくこと」を禁止事項とするのは
  恣意的な判断で規制がかかると
   反対運動が起こりました。

  日進市が3月議会で上程した
 「都市計画公園条例」の一部改正案でも
「他人に迷惑がかかる行為」という言葉で
 規制の枠を広げるという内容に対して
  継続審査の提案をしましたが
 権力側がコントロール可能な言葉は
  慎重にすべきだと思います。

 議会がようやくひと段落ということで
   先週末、両親と妹と
 何十年ぶりかで4人で旅に出ました。
 御在所ロープウェーと「なばなの里」
   桜がちょうど満開。
  忙しかった1年の締めくくりに
 癒される2日間を過ごしました。

    御在所ロープ―ウェーA.jpg


 なばなの里A.jpg なばなの里B.jpg

  

  
  



   

  
   
   



posted by shimamura at 23:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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